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熊本地方裁判所 平成3年(ワ)1337号 判決 1996年1月26日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

岩成重義

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

齋藤博志

外一〇名

主文

一  被告は、原告に対し、金三万円及びこれに対する平成四年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成四年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、熊本刑務所で服役中の原告が、熊本刑務所長及びその部下である看守部長ら職員のした、①信書の発信阻止行為、②刑務作業後の洗体に使用する水量の制限及びタオルの石けんでの洗濯禁止措置という違法な措置により精神的苦痛を被ったとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、慰謝料一〇〇万円等の支払を求めた事案である。

一  当事者の主張

1  請求原因

(一) 原告は、殺人未遂等被告事件で懲役一〇年の確定判決を受け、昭和六二年一一月一二日から熊本刑務所において服役中の者である。

(二) 熊本刑務所長及び同刑務所の第一二工場の担当者西村修一看守部長(以下「西村看守部長」という。)は公権力の行使に当たる公務員である。

(三) 信書発信の阻止

(1) 原告は、平成三年四月五日午前、原告の実母甲野花子及び二男甲野二郎に対し、花子あて便箋五枚、二郎あて便箋二枚からなる手紙(以下「本件手紙」という。)を作成し、これを花子あての封筒に入れ(以下本件手紙と封筒を合わせて「本件信書」という。)、西村看守部長に提出した。

右同日午後三時三〇分ころ、原告は、右工場で作業していたところ、西村看守部長に担当台の所へ呼び出された。同人は、本件手紙の四枚目の一二行目から一五行目の部分のうち、「乙川が帰っているなら乙川も一緒に写ってね。」、「丙山の大将も顔が見たいから」、「乙川達と一緒に写ってほしいと言って下さい」の各部分につき、鉛筆でかぎ括弧をし、人名にレ点を付したものを原告に示し、身分帳に記載されていない名前であるから、右各部分(以下「本件該当部分」という。)を抹消しないと本件手紙の発信は不許可である旨告げた。これに対し、原告が法的根拠を教えてもらいたい旨申し出たところ、同人はしばらく黙った後、右該当部分は暗号ではないかと答えた。原告は「どこが暗号ですか。」と反論したが、結局発信は許されず、本件手紙は便箋七枚ともその場で原告に返却された。

原告は、やむなく本件手紙を保管していたが、同年九月九日、領置手続を取ったため、本件信書は熊本刑務所において保管中である。

(2) しかしながら、右発信阻止の措置は違法である。

信書の発受は、現行憲法の下では、人間として当然の権利であり、戒護等の関係で最小限度制約されるにすぎない。

本件手紙に記載された乙川とは、原告の母の養子である(原告とは法的に兄弟となる。)甲野太郎、旧姓乙川太郎のことであり、丙山とは、原告の自宅前の酒店の主人丙山豊のことで、原告と極めて懇意な間柄である。原告は、これらの人々と久しく会っていないこと、また、原告が昭和六一年二月九日に逮捕されたため、同年三月上旬に完成した原告宅の姿を見ていないことから、原告宅を背景に、乙川、丙山らも写った写真を撮って送ってもらいたいと考え、本件該当部分を書いたものである。そして、原告ら受刑者の教化については、その精神の安定はもちろんのこと、将来の社会復帰も重要な事項であり、原告が本件手紙で求めた写真を入手することは原告の服役態度等に好結果をもたらすものであり、悪影響を及ぼすとは到底考えられない。

監獄法(以下「法」という。)四七条には信書発受禁止に関する規定があるが、本件該当部分が原告の拘禁、戒護、規律及び監獄の管理運営上差し支えあるものとは全く考えられず、また、その教化ないし処遇上、不適当なものとも到底考えられないから、発信を阻止する根拠はない。

また、所内生活の心得(昭和五七年九月一日付け熊本刑務所長達示第九号)の検閲の項には、①刑罰法令に触れる結果を生ずるおそれがある場合、②施設の規律秩序を害する結果を生ずるおそれがある場合、③脅したり、侮辱したりする内容であったり、うそや事実を曲げた内容であったりするため、相手方に著しい不安や不快感を与えたり迷惑をかけたりするおそれがある場合、④本人の教化を阻害する結果を生ずるおそれがある場合、⑤暗号の使用その他の理由によって判読できない場合には、内容の訂正、抹消を求めたり、発受信が不許可になることがある旨規定されているが、本件該当部分は右各号のいずれにも該当しない。

よって、熊本刑務所長らは、正当な理由がないのに本件手紙の発信を阻止したものである。

(3) 原告は、前記熊本刑務所職員による違法な発信阻止によって著しい精神的苦痛を受けたが、これを慰謝する金額は金七〇万円を下らない。

(四) 刑務作業後の洗体に使用する水量の制限等

(1) 原告は、熊本刑務所内の第一二工場において、久留米絣機織班長として服役作業に従事していた。同工場は、絣機織のほか、タオル縫製などの作業場となっており、作業による繊維が綿ぼこり状となり、これと汗などが一体となって、その汚れは甚だしいものがある。同工場の作業は午前七時五〇分から午後四時三五分までであるが、右作業に服する者は、工場内の洗面所において、昼食前に手や顔を洗い、番号が付され使用者が特定された工場用タオルでこれを拭い、また、午後の作業終了後には全身の汚れを同タオルで拭き取り、清潔を保持すべく指示されている。

従来、右作業終了後の洗体に使用する水量については、特段制限がなかったところ、平成三年五月二七日、熊本刑務所保安課長の指示により、作業後の洗体に使用する水量は、備付けの洗面器二杯(一杯の容量2.7リットル)に制限された。しかし、右二杯の量では、一日の作業による身体全体の汗、塵、汚れなどを衛生的に払拭することは到底不可能であり、また、洗体後の洗面器内は黒く汚れた汚水となり、体を拭き終わったタオルを洗い、清潔を保持することは不可能である。しかも、工場用タオルを工場内の洗面所から持ち出すことは禁止されている上、一枚の使用期間は最低二か月であって、その間、石けんでタオルを洗うことも禁止されている。したがって、少なくとも二か月間は、汚れの付着した、夏期のため臭気の甚だしい不潔なタオルを使用することを余儀なくされることになる。

(2) 清潔保持は社会通念からの要請であることはいうまでもないところであるが、法三七条、同法施行規則(以下「規則」という。)一〇二条も監獄における服役者の清潔保持を規定しており、右作業終了後の洗体の際の使用水量の制限及びタオルの石けんによる洗濯の禁止の措置は、これらの規定に違反し、違法である。

(3) 原告は、熊本刑務所長らの前記職員による違法な洗体の際の使用水量の制限及びタオルの石けんによる洗濯の禁止によって、平成三年五月二七日から同年七月二日までの三七日間(なお、同月三日以降は、原告が入浴の際、洗面器一二杯に使用を制限された湯水を一五杯使用したとして規律違反に問われ、懲罰のための取調べやその後の懲罰、それに引き続く昼夜独居拘禁のため、同年七月二日から同年一〇月六日までの間、作業場に出られなくなったものである。)、免業日を除いて、異様な臭気を発する不潔なタオルの使用を強制され、著しい精神的苦痛を受けたが、これを慰謝する金額は金三〇万円を下らない。

(五) 熊本刑務所長岩根兵一、西村看守部長ら同刑務所職員の前記違法な発信阻止及び作業終了後の洗体の際の使用水量の制限、タオルの石けんによる洗濯の禁止は、いずれも公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについての故意又は過失による不法行為に当たり、これにより原告は損害を被ったことになるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づいて右損害を賠償すべき義務を負う。

(六) よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項による損害賠償として金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)、(二)は認める。

(二)(1) 同(三)(1)の第一段は認める。

同第二段のうち、西村看守部長が原告に身分帳に記載されていない名前であるから、右該当部分を抹消しないと発信は不許可である旨告げたこと、原告が法的根拠を教えてもらいたい旨申し出たのに対し、西村看守部長が右該当部分は暗号ではないかと答えたこと、原告は「どこが暗号ですか。」と反論したこと及び本件手紙の発信を不許可としたことは否認し、その余は認める。

平成三年四月五日、原告が本件手紙の発信を願い出たため、西村看守部長は同信書を保安課信書係に回送し、信書係がこれを検閲したところ、本件手紙は、文面の内容から乙川、丙山といった原告の親族として保護者親族票に記載されていない者の写真を撮って差し入れてもらう旨の依頼文であることが判明した。本件手紙の発信をそのまま許可すれば、原告の実母らがその文面を読み、原告の依頼どおり乙川ら保護者親族票に記載されていない者も写った写真を原告あてに送付することが予想されるところ、これら親族外の者の写った写真が送付されてきても、その交付閲覧は収容者写真取扱規程(熊本刑務所長昭和五八年一一月一〇日達示第一三号)三条により不許可となることは明らかであり、その結果、原告の最も欲している息子の写っている写真も見られないことになり、原告にとって極めて酷なことになる。しかも、刑務所側が発信を許可した手紙の内容に沿った行為を同じ刑務所が許さない結果になることは妥当でないと考えられた。そこで、信書係は、前記乙川、丙山の氏名を記載した部分については抹消するよう指導した方がよいと判断し、田尻新第一区処遇専門官を介して西村看守部長に本件手紙を渡し、同人から原告に対し、本件該当部分の書き直しを指導したが、原告は全くこれを聞き入れなかった。その後、原告は、同年四月八日、田尻専門官に対し、西村看守部長から本件手紙の発信は不許可と言われたが本当かと尋ねてきたため、田尻専門官は、発信は不許可ではないが、身分帳に記載されていない親族外の名前が記載されており、非親族の写真は閲覧できないので、写真撮影を要求していることについて書き直すようにとの指導である、書き直し等をせず、このまま発信するということであれば上司に決裁を仰ぐから提出するようにと指導したが、原告は、発信不許可の処分をされ、発信を差し止められたと言い張り、右指導を聞き入れなかった。

以上のとおり、熊本刑務所職員において、本件手紙の発信を阻止した事実は一切存しない。原告が本件手紙の発信に至らなかったのは、単なる一部書き直しの助言指導に対して、原告が信書の発信が全体として不許可処分となった旨言い張り、敢えて発信を求めようとしなかったためにすぎない。

同第三段は認める。なお、原告の主張どおり本件手紙の発信を不許可処分としたのであれば、本件手紙は規則一三八条に基づいて熊本刑務所が保管することになっており、原告に返戻した上、原告から領置手続が取られることはない。

(2) 同(三)(2)の第一、第二段は争う。

同第三段の第一、第二文は不知、第三文は争う。

同第四段は争う。

同第五段のうち、熊本刑務所長達示第九号の検閲の項の規定内容は認めるが、その余は争う。

同第六段は争う。

(3) 同(三)(3)は争う。

(三)(1) 同(四)(1)の第一段のうち、原告が熊本刑務所内の第一二工場において、久留米絣機織班長として服役作業に従事していたこと、同工場は、絣機織のほか、タオル縫製などの作業場となっていること、同工場の作業時間(ただし、作業終了時間は午後四時四〇分である。)及び工場内の洗面所において、昼食前に手や顔を洗い、番号が付され使用者が特定された工場用タオルでこれを拭っていることは認めるが、その余は否認する。熊本刑務所長が首席矯正処遇官(保安担当)を通じて発出した平成三年五月二三日付け首席矯正処遇官(保安担当)指示「節水対策について」(以下「本件指示」という。)では、作業終了後の午後四時四〇分から、洗面器二杯の範囲内であれば、顔や手足を洗うこと及び工場用タオルで体を拭くことを許しているが、身体の汚れをタオルで拭き取るよう積極的に指示はしていない。

同第二段のうち、従来、右作業終了後の洗体に使用する水量については制限がなかったこと、平成三年五月二七日、本件指示により、作業後の洗体に使用する水量が備付けの洗面器二杯に制限されたこと、一枚のタオルの使用期間は最低二か月間であって、その間、石けんでタオルを洗うことは禁止されていることは認めるが、その余は否認する。

(2) 同(四)(2)は争う。

(3) 同(四)(3)のうち、原告が、平成三年五月二七日から同年七月二日までの三七日間、免業日を除いて、工場用タオルを使用させられたこと、原告は、入浴の際の規律違反に問われ、懲罰のための取調べ、懲罰及びこれに続く昼夜独居拘禁のため、同年七月三日から同年一〇月六日までの間、作業場に出られなくなったことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(四) 同(五)は争う。

3  被告の主張

(一) 本件手紙の発信阻止について

(1) そもそも自由刑の執行は、国家刑罰権の行使として受刑者を拘禁することによってその自由を剥奪し、一方、受刑者を社会から隔離して一般社会を防衛し、かつ、受刑者の教化、改善を図って社会への適応性を回復させることを目的とするものであり、したがって、受刑者と外部との交通は、これらの行刑目的を阻害するもの、又は刑務所の保安、規律維持その他管理運営上の観点から支障があるものについては、制限を受けてもやむを得ないところである。

法は、受刑者につき、特に必要と認める場合以外は親族以外の者との接見及び信書の発受を禁止し(四五条二項、四六条二項)、さらに、四六条二項によって発受を禁止されない信書についても、不適当と認めるものはその発受を禁止している(四七条一項)。四五条二項、四六条二項の各ただし書の「特ニ必要アリト認ムル場合」とは、右行刑目的に照らし、その処遇、矯正教化、更生、権利救済等の面から特に必要性が認められる場合をいい、また、四七条一項の「不適当ト認ムルモノ」とは、受刑者の改善、更生及び監獄の管理運営上支障のあるものをいい、これらの規定は、受刑者の拘禁目的と監獄内の秩序維持のための受刑者の外部との交通の自由に対する合理的制限といえる。そして、これらに該当するか否かの判断は、事柄の性質上、監獄の諸事情に通じ、受刑者の処遇等に関して専門的、技術的知識と経験を有する刑務所長の合理的裁量に委ねられていると解すべきである。

行刑累進処遇令六二条は、親族以外の者との接見及びこれに対する信書の発送を「為スコトヲ得」と規定するが、これは許可することも許されるとしているにすぎないと解すべきであり、受刑者と接見をする親族以外の相手方につき、これが受刑者に好ましい影響を及ぼし、又は受刑者の将来の生計を促進することが期待できるか否か不明であっても接見を許さなければならないという趣旨のものではない。

(2) 法五〇条、規則一三〇条一項、二項、一三一条、一三六条は、検閲について規定しているが、信書を発受禁止処分にするか否かを決める上で検閲は必要不可欠であり、検閲が違法でないことは当然である。

もっとも、熊本刑務所においては、信書を発信させる際、法四七条に該当するような不適当な箇所がある場合には、同条に基づいて不適当な箇所を内容から除いて書き直すように指導しているが、削除、抹消すべきとはいえないものでも、外部者との関係を良好に保つため、敢えて助言指導し、あるいは発信の意思について再確認する場合がある。これは、本人の教化改善を目的とする行政庁としての立場から行うもので、当該発信をそのまま許可した場合には、相手方に不要な誤解を生じさせたり、保護調整に関して影響を及ぼし、ひいては円滑な改善更生に支障を来しかねないような事項について、本人に対して発信意思の確認や発信に関しての助言指導を行うというものである。これらは、必ずしも法四七条一項の適用により発信を不許可とするものではなく、助言指導には事実上も一切強制力はないから、本人がこれに従わないことも多々生じている。

(3) ところで、本件原告のように暴力団組長として活動を続け、これまでほとんど正業についた経験もない受刑者の犯罪性を除去ないし改善して社会復帰を図らせるためには、暴力団関係者との関係を断つことが必要不可欠である。そのため、受刑者を取り巻く人物で、教化上害があるか否か不明な者について、受刑者の主張のままに外部交通を許可し関係を維持させることは、本人の改善更生上極めて不都合な結果を生じさせる危険性がある。法四六条二項は受刑者の信書の発受を親族に限っているが、同規定は受刑者の拘禁の目的に照らし、単に信書の名宛人を親族以外の者とした場合のみならず、形式上の名宛人は親族であっても、実質的内容は親族以外の者への通信であると認められる場合にも信書の発受を禁止する趣旨と解するのが相当であるところ、本件手紙の発信をそのまま許可すれば、原告が本件手紙中で乙川や丙山の写真を要求していることが、原告本人の意思として同人らに伝えられることは容易に予想されるところである。

本件で現実に明らかになったところによれば、乙川こと甲野太郎は、原告が小倉刑務所で知り合い、原告の元へ来るように勧誘し、原告の義理の兄弟とした上、原告の元で生活している者で、警察において原告が組長をしている組織暴力団Y組の組員として把握している者であるから、このような者との親交の維持は、原告にとって有害であることは明らかである。これをもってみても、熊本刑務所長が保護者親族票に載っていない、刑務所長においてその詳細を知り得ない相手方に対する発信を拒否したとしても全く正当であり、まして実質はその者に対して発しているとも見得る一部内容について、削除するよう指導したとしても違法とされるいわれはない。

(4) また、法には写真についての明文の規定はない。しかし、写真は文字で書かれた文書あるいは接見しての会話と同様若しくはそれ以上の伝達能力をもって情報を伝え得ることから、写真については受刑者と外部との交通の一態様として捉え、法四五条、四六条を準用すべきである。そして、自由刑の行刑としての制度目的に照らせば、写真についても前記行刑目的を阻害し、又は刑務所の保安、規律維持その他管理運営上の観点から支障があるものについては、接見や信書の発受などと同様な制限を受けてもやむを得ないというべきである。

こうした見解を前提に、写真については、「自己用途物品及び自弁又は差入にかかる物品の統一について(昭和三五・一一・一五矯正甲九三四矯正局長通達)」の別表に「親族写真に限る。ただし、教化上特に必要と認める場合は、その他の人物写真をも許す。」と許可基準が定められており、これを受けて、具体的に法を執行する熊本刑務所長が達示として前記収容者写真取扱規程を定めたものであるから、同規程は何ら違法ではない。

右収容者写真取扱規程三条によれば、受刑者に差し入れられる写真については、保護者親族票に記載された親族の写真についてのみ閲覧が許可されることになっている。親族の認定を保護者親族者票によっているのは、多数の在監者について信書の発受信や写真の交付閲覧の際にいちいち確認するのは煩雑であるためであるが、保護者親族票は在監者の申し出に基づいて作成されるものであるから、右措置は合理的である。

本件の「乙川」及び「丙山の大将」なる人物は、いずれも保護者親族票に記載されていなかった。そのため、右両名が原告に好ましい影響を及ぼし、将来の生活を促進することを期待し得るかということや、教化に妨げがないかということなど、受刑者の社会からの隔離、その改善、更生及び監獄施設の正常な管理運営・規律保持という行刑目的を達成し得るものか否かを判断し得る資料は全くなかったものであり、これらが四六条二項ただし書の適用を当然受けるべきものであったとは到底いえない。したがって、熊本刑務所職員において、原告に対し、本件手紙の書き直しを指導したが、これは指導に従わなければ本件手紙の発信を許さないことを前提としたものではない上、収容者写真取扱規程に基づいて適法、適切に行われたものである。

(5) 以上のとおり、本件の場合、所長の権限になる一部発信不許の判断すらなされる前なのであって、信書一部発信不許を前提とした書き直し指導ですらない。発信の許否の前に、原告の便宜を考慮して助言指導したとしても、何ら違法ではない。

(二) 作業後の洗体に使用する水量の制限等の措置について

(1) 受刑者に行わせる入浴及び身体払拭については、法には規定がなく、規則一七条で、新たに入所する被収容者には「入浴ヲ為サシム可シ」とこれを義務付け、同一〇五条で入浴の実施回数の定めをおいているにすぎないことからすると、行刑施設内の集団生活に不可欠な衛生維持の必要性に重点があるものと解される。すなわち、規則一〇五条の法的性格は、運動に関する法三八条のように健康保持のために適切な機会を保障するという法的要請はなく、全体として行刑施設の運用の指針を定めた訓示的規定と解するのが相当であり、懲罰執行の際、入浴などを禁止したとしても、受罰者の健康保持に支障のない限り、憲法その他の法令に違反しないものと解すべきである。そして、受刑者の入浴及び身体払拭の方法等は、刑務所長が諸般の事情を斟酌して定めるものと解される。

(2) 熊本刑務所においては、それまでも節水については機会あるごとに指導していたが、平成三年四月当時、熊本市における工場用水等も含めた市民一人当たりの水の使用量が一日平均約三〇〇リットルであるのに対し、熊本刑務所では自家給水用のさく泉のメーターで計量したところ、職員が湯沸かし室、洗面所、水洗便所及び夜勤者用浴場で使用する分(ただし、使用割合は約一パーセントにすぎない。)も含め一人当たり一日平均約六〇〇リットル使用していた。そのため、下水道使用料が多額に上り、今後の予算執行において他の項目に圧迫を加えるなど多大の影響を及ぼしかねない状況にあった。そこで、水道の具体的な使用基準を定め、身体払拭の一人当たりの水の使用量を、木工場、金属工業等汚染の著しい工場は一斗缶二分の一(洗面器四杯分)、その他の工場は一斗缶三分の一(洗面器二杯分)とし、水の使用量が多量とならざるを得ない石けんの使用は原則として認めないこととした。

(3) 規則一〇五条は、入浴の回数につき、六月から九月までは五日ごとに一回、一〇月から五月までは七日ごとに一回を下ることはできない旨規定しているところ、熊本刑務所では、週二回入浴を実施しており、平成三年は七月一日から同年九月三〇日までの夏期期間には週一回の特別入浴と合わせて週三回の入浴を実施し、これら入浴日に該当しない日の作業終了後に身体払拭を実施していた。

また、これと同時に、夏期期間は、雨の日を除く毎日、運動時間内に運動場で工場用タオルを使用してシャワーを使うことができるほか、舎房においても、毎日、石けんを使用して手と顔だけは洗うことができる上、身体払拭もできた。

(4) 工場就業者は工場用タオルと舎房用タオルを各一本ずつ使用する取扱いをしており、使用期間はそれぞれ二か月である。工場においては個々のタオルが接触せず、かつ、乾燥するようにタオル干し台を設置して衛生保持に努めており、タオルに汚損があった場合は、その旨職員に申し出れば、適宜水洗い等の措置もさせていた。平成三年一〇月一日以降は、工場用タオルを洗濯工場で週一回洗濯するなど、清潔の保持には十分注意を払っていた。

また、下着の着用についても、工場で着用するものは毎日、舎房で着用するものは二日ごとに洗濯したての清潔な衣類を着用できるよう、必要枚数を貸与して、計画的に洗濯する取扱いとしていたのであり、洗体等の観点からばかりではなく、着衣の着替え、その洗濯などの面からも衛生管理には十分配慮していた。

(5) 原告が就業していた第一二工場では、織布工、洋裁工、金属組立工及び紙工などの作業が行われているが、原告が従事していた織布工は、久留米絣の機織機一〇台で、手織りで絣を織っていくもので機械織りのように綿ぼこりになることはない。また、洋裁工は一二台のミシンでタオルの両縁(一辺三五センチメートル)を縁掛し、これを包装する作業であり、この作業でも綿ぼこりになることはない。同工場で発生する粉塵は毒性のない植物性粉塵であり、これは就業者の健康保持にも影響を及ぼさないとの理由で法的規則も存在しないものである。

また、第一二工場は、工場棟の二階にあり、熊本刑務所自体が熊本市の中では高台に位置することなどから、もともと極めて風通しがよいところである上、面積四六七平方メートルの工場内の北側と南側は自由に窓の開閉が可能な総ガラス窓となっており、加えて、十分な換気能力を持った四機の換気扇を設置して換気には十分配慮しており、これらを考慮しただけでも、原告が埃まみれのような状態になったということはあり得ない。さらに、同工場には工場衛生夫が配役されており、常時工場内の清掃に努めており、汗と綿ぼこりで汚損することはない。

(6) 以上のとおり、熊本刑務所においては、本件指示により作業終了後の身体払拭について具体的な使用水量及びその方法等の基準を定め、これを実施してきたものであるが、この基準は、必要十分に原告らの清潔、衛生を保ち得る水の使用量及び方法であることを前提に、他の項目の予算執行(原告らの食費等)との調整、兼ね合いの観点から決められたものであり、タオル等の清潔保持についても十分注意を払っている合理的なものである。その結果、原告が水使用の制限を受けて不衛生になったと主張する平成三年五月二七日から同年七月二日ごろまでの間に、水の使用制限によって衛生上の問題が生じたという具体的な事案は発生していないのであり、また、原告も、右処遇面について、刑務所側に何ら不服も希望も申し立てていない。したがって、原告ら在監者の清潔、衛生は十分に保たれていたというべきである。

(7) また、本件指示当時、熊本市が地下水保全条例を制定し、国や地方公共団体も真剣に水問題に取り組んでいるという状況の中で、多数の受刑者を収容し、これを集団として管理し、地下水を利用している熊本刑務所が地域社会の一員として節水に協力するのは当然のことである上、このような節水意識、社会的協調性のかん養という教育的な見地から、いわゆる社会性を身に付けさせるために教育の一環として決まりを守らせることは、受刑者の社会適応性を回復増進し、一般社会に復帰させた際に円滑に社会に適応できるように教化改善を行うという、行刑施設の設置目的の達成の観点からも極めて重要な意味を持つ。

(8) したがって、本件指示の定める使用水量及び方法基準等は、必要十分に清潔衛生を保ち得る制限であることを前提に、予算の制限、社会的な責任あるいは社会性訓練の一環として、不必要な水を使用しないようにしたものにすぎず、熊本刑務所長の合理的裁量の範囲内のものであり、何ら不法行為となるものではない。

4  原告の反論

(一) 本件信書の発信阻止行為について

(1) 被告は、本件信書の発信阻止の経緯につき、熊本刑務所側は西村看守部長らが原告に本件手紙の書き直しを指導したなどと主張するが、そのような事実は全く存在しない。

被告は、平成四年五月一一日付け準備書面で「翌六日原告は田尻専門官に…」と主張しながら、同年六月一四日付け準備書面で、「八日ころ」と主張を変更している。これは、原告訴訟代理人が同年五月一三日午後に原告と面会した際、六日が休日(免業日)であり、田尻専門官が面接するはずがないことを後日追及し、被告の主張の虚偽性を明らかにしようと打ち合せたところ、これを面会に立ち会った看守から通報され、主張を訂正したものと推測され、単なる記憶違いでは片づけられない。

(2) 原告は本件信書を返戻された際、その封筒には速達用切手が貼付されていたため、封筒は刑務所側に保管され、本件手紙のみを原告が保管していたところ、これらが別個に保管されると、後日、中身の手紙がないために封筒が破棄されるなど問題が生じる可能性もあることから、刑務官の助言もあって、原告は本件手紙と切手を貼付した封筒を一体とするべく領置手続を取ったものであり、受刑者側からする諸手続にはすべて願箋という願書を作成しなければならないことから、領置願を作成したにすぎない。

(3) 信書とは、少なくとも文字又は符号をもって意思又は観念を表示したものを指し、写真がこれに含まれないことは明らかである。また、写真は文字による文章と異なり、それが公序良俗に反するか、収容者の教育などに悪影響を与えるものであるか否かなどがその性質上一見して明らかであり、これを文書と同一視することはできない。したがって、写真を信書と解するのは、拡大解釈を超えたこじつけというべきであり、その取締りを必要とするならば、法律等を改正すべきである。特に監獄という現実に人権を極度に制限する密行的な機構においては、法の範囲を正確に規定すべきであり、監獄側の便宜的な一方的解釈は許されないというべきである。したがって、収容者写真取扱規程は、法的根拠が全くないもので、恣意的かつ便宜的に作成された違法かつ無効なものというべきである。

仮に写真が信書に当たるとしても、被告は、収容者写真取扱規程が閲覧の許可される写真の範囲を保護者親族票に記載された親族の写真に限る根拠を法四五条二項、四六条二項に求めているところ、これら条項のただし書には「特ニ必要アリト認ムル場合ハ此ノ限ニ在ラズ」と規定されており、この規定は収容者の精神安定や社会復帰のために活用されるべきである。

(4) 被告は、親族以外の者が写った写真が送付されてきても、その交付閲覧は不許可になることは明らかであったことから、予め本件該当部分について書き直しを指導した旨主張するが、法的措置は、その性質上、具体的な必要性の生じた段階で取られるべきであり、事前に予め想定してなされるべきものではない。

収容者写真取扱規程(なお、法的根拠がなく、無効というべきことは前記のとおりである。)五条には、「教育課は、会計課から回送された写真について、氏名、続柄等を確認し…」とされており、写真の性質上、収容者に対して写真を示して説明を求めて確認するものであり、実際の取扱いもそのようになされているはずである。したがって、収容者には、一度は親族の姿を見る機会があるのであり、もし不適当な他の者が写っていれば、その段階で収容者本人に理由を説明して交付しない措置も取れるはずであり、場合によっては、収容者の希望により親族の分だけ切り取って交付することも可能である。

(二) 作業後の洗体に使用する水量の制限等の措置について

(1) 被告は、一人一日約六〇〇リットルの使用量のうち、職員の使用割合は約一パーセントにすぎない旨主張するが、右主張は疑問である。

被告は熊本刑務所における職員及び受刑者の人数を明らかにしないため、その正確な数は把握できないが、平成四年四月一日発行の法曹時報四四巻四号に掲載された「矯正の現状」(法務省矯正局編)によれば、平成三年の行刑施設における被収容者数は一日平均四万五七四九人、職員の定員は一万七〇二一人とされており、ここから職員一人当たりの被収容者数を計算すると2.6人強となる。他方、熊本刑務所における受刑者数は、刑務所内の西雑居一階東側入口に掛けてある黒板の表示によれば、平成四年一〇月二七日現在五一五名であるから、これを一応平均と考え、右職員一人当たりの被収容者数から逆算すると、職員数は一九八人となる。そして、熊本刑務所が長期受刑者の監獄であること、その規模、程度などを考慮すると、職員数は二〇〇ないし二五〇人と推定される。そうとすれば、受刑者に関する一人当たりの水の使用量が職員一人当たりの使用量より多いとしても、職員の使用水量は、前記一日約六〇〇リットルの計算において無視できるような量でないことは明らかである。

また、熊本刑務所においては、表庁舎、職員食堂を除き、施設内の上水道はすべて所内の地下水に依存しており、その費用は地下水を汲み上げるポンプの電気料金のみであり、他の施設に比べてその経済的負担は極めて軽く、これまで今回のような極端な節水令が敷かれたこともなかった。したがって、下水道使用料金が多額に上り、他の項目を圧迫するなど考えられない。

(2) 被告は、夏期期間中は特別入浴を実施して週三回の入浴を実施していると主張するが、平成三年までは受刑者は浴槽の関係で二班に分かれて入浴しており、特別入浴日を入れてすべて週三回であったか疑問である。

(3) 平成二年度まで、夏期処遇実施期間における工場シャワーの洗体時間は二分間であり、最初の一分間でタオルに石けんをつけて体をこすり、残り一分間でシャワーを浴びて洗い落とすこととされ、また、シャワーとは別に、移動できる浴槽(約二〇〇リットル入り)一個とプラスチック容器(約一〇〇リットル入り)二個に水が用意され、水の使用量に制限はなかった。ところが、岩根所長の着任した平成三年四月以降、工場用シャワーは使用できなくなり、使用水量は洗面器二杯に制限され、石けんの使用も禁止された。平成四年度からは夏期処遇期間のみ石けんの使用は認められたが、使用する水はシャワーのみで、時間は一分間であり、また、シャワー後のタオルすすぎは洗面器(2.7リットル入り)一杯を使用してよいが、水道の蛇口を使用してはならず、洗面器に水を満たすには洗面器を両手で支え、シャワーの水を受けて溜めなければならず、これらをすべて一分以内で済ませなければならないものとされた。

また、夏期期間中は、雨天時を除いて運動時間内にシャワーを使用することができた。しかし、平成二年度までは、一人当たりのシャワーの使用時間は一分間で、使用中は係職員もいなかったのが、平成三年からは使用時間が一人当たり三〇秒に短縮され、しかも係職員がストップウォッチで時間を測定し、シャワーのバルブを開閉するという厳格なものに変わった。その上、熊本地方の平成三年の梅雨入りは五月一九日、梅雨明けは七月一九日であり、その間、異常な長雨が続き、五月二七日から七月二日までの間に運動場に出られたのは数回にすぎない。運動場が少しぬかるんでいるときは教誨堂で運動が実施され、その場合はシャワーを使用することができず、汗を流すことはできなかった。

さらに、平成三年四月以前は、夏期処遇期間中、出業日は夕点検終了後午後九時の消灯時間までの間、舎房内で洗面器を何回使用しても、何杯使用してもよく、また、免業日は、午後零時から午後九時までの間、全く制限がなかった。ところが、平成三年四月以降、舎房内の使用水量も洗面器二杯に制限され、平成四年からは職員の号令により洗面器二杯の水を使用して、二分間で体を払拭しなければならないようになった。

(4) 被告は、工場就業者は、工場用、舎房用タオル各一本所持しており、使用期間は各二か月である旨主張する。しかし、官給品の場合は四か月使用後に、個人所有品の場合は二か月使用後に新品と交換できるのであり、取扱いに差異がある。

また、被告は、工場では個々のタオルが接触せず、かつ、乾燥するようにタオル干し台を設置して衛生に努めている旨主張する。しかし、右タオル干し台の設置場所は第一二工場の建物内の食堂横の通路にあり、工場内の塵やほこりなどが容易に付着する位置にあり、また、一年中全く日光の当たらない場所である。しかも、各人のタオルの間隔はタオルを掛けた状態で約三センチメートルしかないため、急ぐときにそのまま手を拭くと両隣の他人のタオルに必ず濡れた手が触れざるを得ない。したがって、石けんも使用されていないタオル干し台は細菌の培養基と言っても過言ではない。

さらに、被告は、タオルなどに汚損があった場合には、その旨職員に申し出れば、適宜水洗い等の措置もさせている旨主張する。しかし、平成三年六月末ころ、第一二工場において無期囚がタオルを石けんで洗い、懲罰を受けた事実があり、同年五月二七日以降、西村看守部長ら職員からタオルを洗わせてもらった受刑者は一人もいない。ちなみに、五月二七日以降タオルの不正使用によって懲罰を受けた者は数十人いるのであり、また、節水に関する懲罰対象者は一〇〇人以上に達する。もし、刑務所側が適宜水洗いを許可していたならば、受刑者がわざわざ反則を犯してまでタオルを洗うこともないのであり、絶対にタオルを洗わせなかったからこそ、隠れて異臭のするタオルを洗い、運悪く発覚した者たちが懲罰を受けているのである。

また、被告は、夏期期間以降は工場用タオルは洗濯工場で週に一回洗濯を実施するなど清潔の保持には十分注意を払っている旨主張する。しかし、週一回の洗濯が実施されたのは平成三年一〇月一日以降のことであり、同年五月二七日から同年九月三〇日までの間、タオルの洗濯は水洗いも石けんによる洗濯も一切許されなかった。しかも、原告から訴訟提起の相談を受けた原告訴訟代理人が平成三年九月二四日付け手紙で、原告個人の問題ではなく、特に水の問題は全収容者の問題であるから、弁護士会の人権擁護委員会で取り上げるべきではないかと助言した後に急きょタオルの洗濯が週一回実施されるようになっており、原告が弁護士と訴訟準備を進めている事実を察知し、その対策のために実施し始めたものであることは明らかである。もっとも、右洗濯は、週一回各工場のタオルをまとめて洗濯するため、洗濯やすすぎが不完全で、身体払拭時にタオルを水につけると、白濁した泡が浮かび出る状態で、到底清潔とはいえないものである。

二  争点

1(一)  本件信書の発信阻止事実の存否

(二)  本件信書の発信阻止の違法性

2  刑務作業後の洗体に使用する水量の制限及びタオルの洗濯禁止の措置の違法性

3  原告の損害

第三  争点に対する判断

一  原告が殺人未遂等被告事件で懲役一〇年の確定判決を受け、昭和六二年一一月一二日から熊本刑務所において服役中の者であることは当事者間に争いがない。

二  本件信書の発信阻止事実の存否について

1  証拠(甲一の一、二、甲一〇、一一、二一の一、証人白石初敏、原告本人)及び争いのない事実によれば、原告は、平成三年四月五日、本件手紙を作成し、これを花子あての封筒に入れて、熊本刑務所第一二工場の担当者である西村看守部長に提出して発信を願い出たところ、同人から、本件該当部分に記載された乙川、丙山の名は保護者親族票に記載されていない名前であるから、本件該当部分を削除しない限り、本件信書の発信は不許可である旨告げられたこと、原告は、西村看守部長にその理由を問い質したところ、同人は本件該当部分は暗号ではないかと答えたものの、十分な説明をせず、とにかく本件手紙は発信できないとして、本件手紙を原告に返したこと、そのため、原告は、受け取った本件手紙を舎房へ持ち帰ったこと、その後、本件信書のうち、速達用切手が貼付された封筒は刑務所側が保管していたが、刑務官の助言もあり、同年九月九日、原告が本件信書について領置手続を取ったため、本件信書は熊本刑務所において保管中であることが認められる。

2  被告は、西村看守部長は本件信書の該当部分の書き直しを指導したものであり、さらに、平成三年四月八日、原告から理由を尋ねられた田尻専門官が右書き直しの趣旨を説明したが、原告は本件信書の発信を不許可処分にされたと言い張って指導を聞き入れなかったにすぎない旨主張するとともに、乙第二七号証を提出する。

しかしながら、仮に西村看守部長又は田尻専門官が原告に本件手紙の書き直しを指導したものであるとしても、証拠(甲一〇の30〜32、40〜47頁、甲一八の21〜31頁、弁論の全趣旨)によれば、右書き直しの指導に従わない限り、本件信書の発信は不許可とされる可能性が高かったこと、のみならず、右指導に対し、その理由等を追及したりしたならば、抗弁(収容者遵守事項違反)に当たるとして懲罰を受ける可能性があるため、受刑者はやむなく右指導に従わざるを得ない状況にあったことが認められ、右1の事実をも併せて考慮すると、西村看守部長は本件信書の書き直しを指導することにより、その発信を阻止したものと認めるのが相当である。

三  本件信書の発信阻止行為の違法性について

1  受刑者は、親族との接見及び信書の発受を原則として許されているが(法四五条一項、四六条一項)、受刑者を一定の場所に拘禁して社会から隔離し、その自由を剥奪して一般社会を防衛するとともに、その改善、更生を図り、社会への適応性を回復するという行刑目的に照らし、その処遇、矯正教化、更生及び監獄内の秩序維持など管理運営上の観点から支障がある場合、すなわち、「不適当ト認ムルモノ」に当たる場合、法四七条一項は、法四六条によって発受を許された信書についても発受を許さないとしている。そして、右に該当するか否かの判断は、当該監獄の諸事情に通じ、受刑者の処遇等に関して専門的、技術的知識と経験を有する刑務所長の合理的裁量に委ねられているというべきである。

これを本件についてみるに、証拠(甲一〇、一二の一ないし四二、乙一、二七、証人白石15、16項、原告本人36〜41項、弁論の全趣旨)及び前記認定事実によれば、(1)熊本刑務所においては、収容者写真取扱規程が定められ、受刑者に差し入れられる写真については、原則として、保護者親族票に記載された親族の写真についてのみ閲覧が許可されることになっていること(同三条一項一号)、(2)写真の送付を受けた場合、熊本刑務所では、受刑者に当該写真を示して撮影されている者の氏名、続柄等を確認した上、収容者写真取扱規定により閲覧が不許可となる者が撮影されていることが判明すれば、その旨受刑者に説明し、閲覧を願い出る願箋が提出されても閲覧、交付を不許可とする扱いがなされていること、(3)右のような取扱いについては原告を含めて、受刑者は十分承知しており、それでも写真に写っている人物の氏名等の確認の際に一度はその写真を事実上見ることができることを受刑者も了解していたこと、(4)西村看守部長は、写真の差入れを求める本件信書の発信を許可した上で当該写真の交付等を不許可とすることが妥当でないと判断し、本件信書が発信される段階で、当該部分について書き直しを指導したこと、もっとも、その際、西村看守部長は原告に具体的な説明はしていないこと、(5)乙川は、原告が組長をしている暴力団Y組組員であるが、原告の母の養子であり、丙山は自宅前の酒店の主人丙山豊であることが認められる。

右認定事実によれば、西村看守部長らは、本件該当部分に保護者親族票に記載されていない氏名が書かれているという一事をもって、本件該当部分の書き直しを指導し、右指導により原告は本件信書の発信を断念したものであり、結局において原告の本件信書の発信を阻止したものと推認することができる。

そこで、右発信阻止行為が前記合理的裁量を逸脱したか否か検討するに、親族あての信書中に保護者親族票に記載されていない氏名が書かれているときに、その氏名の抹消を指導するのが熊本刑務所においてはこれまでの取扱いであった旨の主張、立証はないこと、しかるに、原告に対して何ら説明することなく、本件該当部分に保護者親族票に記載されていない氏名が書かれているという一事で本件信書の発信を阻止していること、写真が文書と同一の取扱いを受けるものと解するにしても、発信と受信とは別個独立のものであり、原告の希望する写真が差し入れられるか否かは不明であるから、現実にそのような写真の差し入れがなされた段階で差し入れの許否を決すれば足りる上に、前記のように、そのような写真でも一度は原告の目に触れること(なお、この点につき、被告は、原告は暴力団Y組の組長であり、乙川はその配下の組員であるから、原告の社会復帰のためには暴力団関係者との関係を断つことが必要不可欠であり、丙山はその詳細を知り得る人物であるところ、本件信書は右乙川や丙山にあてられたものと判断し、本件該当部分の抹消を指導した旨主張する。しかしながら、西村看守部長は本件該当部分の書き直し(抹消)を指導した際に、原告に対し、原告と右両名との関係を問い質していない上に、その当時、西村看守部長は、乙川が原告が組長をしている暴力団の組員であることを把握していたとする立証はないし、本件手紙が乙川、丙山にあてたものとみることはできない。したがって、右主張は採用できない。)、本件信書が前記行刑目的を阻害し、又は監獄内の秩序維持など管理運営に支障を生ずると認めることもできないことにかんがみるならば、本件信書の発信を阻止した西村看守部長の行為は、前記合理的裁量を逸脱し、法四七条一項の解釈を誤った違法なものというべきである。

四  刑務作業後の洗体に使用する水量の制限及びタオルの洗濯禁止の措置の違法性

1  熊本刑務所長が平成三年五月二三日付けで首席矯正処遇官(保安担当)を通じて本件指示を発出し、同月二七日から従来刑務作業終了後の洗体に使用する水量については制限がなかったところ、備え付けの洗面器二杯に制限されたこと、その際、石けんでタオルを洗うことも禁止されたことについては、当事者間に争いがない。

2  そこで、右水量制限及びタオルの洗濯禁止措置の違法性について判断する。

思うに、刑務所において受刑者集団の衛生状態が悪化し、その結果、受刑者の健康を損なうことは、自由の剥奪という懲役刑の趣旨を逸脱するのみならず、受刑者の改善、更生という行刑目的の基本条件を損なうことにもなるから、受刑者の衛生は前記行刑目的から当然に要請されるところというべきである。そこで、法はかかる要請を受けて第八章において「衛生及ヒ医療」の規定を設け、規則も同様に「衛生及ヒ医療」の規定を定めている。そして、受刑者の全生活は施設管理の下に置かれ、受刑者自身で採り得る手段は多くの制約を受けるのであるから、受刑者の衛生管理については刑務所側の積極的配慮が求められるところである。しかしながら、刑務所は、国家の予算によって、一定の職員で、多数の受刑者を秩序を維持しつつ管理監督していくものであり、刑務所内の衛生保持についても、人的、物的施設の面や予算による制約があることも否定し得ないことを考慮すると、衛生の保持は、刑務所長が諸般の事情を斟酌して裁量によって定める事柄というべきであり、ただ当該措置が著しく不合理であることが明白な場合には、刑務所長の措置は裁量を逸脱し、違法となるというべきである。

右の観点から本件についてみるに、前記争いのない事実及び括弧内掲記の各証拠によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 熊本刑務所において刑務作業に服する者は、午前七時五〇分から始まる午前の作業終了後、昼食前に工場内で手や顔を洗うことができ、また、午後四時三五分に午後の作業が終了した後は工場内のシャワーで体を洗うことができた。その場合の洗体時間は二分間で、最初の一分でタオルに石けんをつけて体をこすり、残りの一分でシャワーを浴びて洗い落とすこととされていたほか、シャワーとは別に浴槽、プラスチック容器が用意されており、使用できる水量に制限はなかった。また、タオルは、工場用、舎房用とも自由に石けんで洗え、使用水量にも制限はなかった(甲一〇の71、75〜76頁、証人白石33項)。

ところが、原告が出業していた第一二工場では、本件指示を受け、平成三年五月二七日から作業終了時の洗体の水の使用量が一杯の容量が約2.7リットルの洗面器二杯に制限されるとともに、石けんの使用も禁止され、さらに、タオルを洗うことも禁止された(乙四)。

(二) 本件指示がなされた当時、熊本市においては地下水の減少が大きな社会問題となっており(乙八の二)、熊本刑務所の職員には、国民一人当たりの一日の水使用量が一日平均三〇〇リットルであるのに、同刑務所では、職員が湯沸かし室、洗面所、水洗便所及び夜勤者用浴場で使用する分を含めて一日一人当たり六〇〇リットル以上の水を使用しており、それに伴う下水道代が予算をオーバーするところまできているなど予算執行上厳しい状況に陥っているとの説明がなされた(乙四)。

熊本市の調査によれば、熊本市における平成三年五月当時の一日一人当たりの水の使用量は二七二リットルとされている(乙五)。他方、熊本刑務所の受刑者数は平均しても五〇〇人以上であり、また、職員数は約二三〇人であり、この人数(七三〇人)を前提とした同刑務所における一日一人当たりの水の使用量は平成三年四月当時、五二三リットルであった(甲八、一〇の99〜17頁、一三の一、原告本人152〜157項)。もっとも、このうち、受刑者の使用水量の割合がどれくらいの割合かは明らかでなく、また、下水道代がいくらで、どの程度その他の予算を圧迫していたかも不明である。

(三) 原告が出業していた第一二工場では、織布工、洋裁工、金属組立工及び紙工などの作業が行われ、本件指示当時、原告は、久留米絣を一〇台の機織り機を使用して、手織りで織る久留米絣機織班長であった。その作業工程の中では「ひ」と呼ばれる船形をした、木製の器具で緯糸を経糸に通した後、機織り機の「おさ」と呼ばれる部分を手前に引いて緯糸を折り込む際に、おさの中の薄板で経糸をこすることから、綿ぼこりが発生していた。また、織布工の北側では洋裁工がタオルの縫製を行っていたが、一二台のミシンを使ってタオルの両端を縁掛けして縫製する作業の際や小鋏を使用して、ミシンを掛けてつながったタオルを切り離す、けば切りと呼ばれる作業の際に、タオルの糸くず、綿ぼこりが大量に発生し、作業台や床の上にたまっていた。特に、タオルの縫製は綿ぼこりがひどく、以前は全員がマスクを貸与されて作業を行っていた(甲一〇の165頁、一一の11〜14、26〜39頁、証人白石42項、原告本人86〜91、162〜167項、乙一一ないし一二)。なお、被告は、第一二工場の汚染が激しいものではない証拠として乙第一〇号証を提出するが、同号証は、甲第一八号証(15〜18頁)及び乙第一二号証の写真に照らし、同工場の汚染の実態を明らかにするものとは認められず、採用することができない。

右第一二工場は、高台に位置する熊本刑務所の工場棟の二階にあるため風通しがいい上、南北にガラス窓があり、十分な換気能力を備えた換気扇も設置されていたが(乙一〇ないし一二、一六)、本件指示当時、右のような作業工程から毎日相当量の綿ぼこり等が発生しており、原告らは、夏季は、上はランニング、下は半ズボン姿で作業をしていたため、扇風機で工場内に拡散された綿ぼこりが汗をかいた体に付着するのは避けられなかった(甲一一の26〜29頁)。

(四) 熊本刑務所では週二回入浴が実施され、さらに夏期処遇期間には特別入浴が実施されて、おおむね一〇日に一回程度入浴することができ、入浴の日は工場内で洗体をする必要はなかった(甲一七の一、乙四、七、原告本人195、196項)。また、夏期期間中は、雨の日を除く毎日、運動時間内に運動場のシャワーを使用することができたし(争いがない。)、舎房内でも洗面器を使用して洗体ができた(甲一〇の79、80頁)。

(五) 熊本刑務所では、工場内にタオル干し台を設置し、タオルが乾燥するように配慮されていた(乙一一)。また、本件指示当時、原告は工場用のランニングシャツ二枚、舎房用ランニングシャツ一枚、パンツ三枚(工場、舎房共通)を使用しており、工場で作業する際に着用する下着については毎日洗濯が実施され、舎房で着用するランニングシャツについては二日に一回実施されていた。また、上着及びズボンについては週一回、舎房用の上着及びズボンについては二週に一回の割合で洗濯する取扱いであった(甲一七の一、乙一四)。

そこで検討するに、右のとおり、原告が作業に従事していた第一二工場では、糸くず、綿ぼこりが大量に発生し、ことに夏季はそれらが汗をかいた体に付着していたこと、それにもかかわらず受刑者に対して本件指示が出され、水の使用量等が制限されていたものであるが、熊本刑務所としても、受刑者の衛生保持について、入浴、シャワーを実施していたほか(入浴の回数が法一〇五条の制限を満たすことは明らかである。)、舎房内でも身体払拭は可能であったし、衣類の種類に応じた頻度で洗濯を行うなど他に取り得る相応の措置を取っていること、熊本刑務所において、本件水量制限等によって衛生上の問題が生じた事実は認められないこと、また、同刑務所では、平成三年一〇月一日以降、タオルを週一回洗濯工場で洗濯するようになったが、希望者は四割弱と少なく(乙八の二)、タオルの洗濯禁止について受刑者全般が苦痛を感じていたとは認められないことなどを考慮すると、本件指示による使用水量の制限及びタオルの石けんでの洗濯禁止が著しく不合理であることが明らかとまでいうことはできないというべきである。

よって、その余の点について判断するまでもなく、洗体の際の使用水量制限及びタオルの石けんでの洗濯の禁止の各措置は不法行為とはならない。

五  本件信書の発信阻止行為は、公権力の行使に当たる西村看守部長が、その職務を行うについてしたものであることは明らかであり、また、違法な発信阻止行為をした以上、少なくともそれにつき過失があったものと推認すべきところ、本件全証拠によってもこの推認を覆すべき事情は認められない。

したがって、被告は、国家賠償法一条一項により原告に生じた損害を賠償すべきところ、本件該当部分は便箋(一一六行)七枚中わずか四行にすぎず、これを抹消して発信しても十分その目的を果たすことができたと認められることを合わせ考慮するならば、本件発信阻止行為によって原告が被った精神的苦痛を慰謝する金額は金三万円が相当である。

六  以上によれば、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言の申立てについては、その必要がないものと認めこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官江藤正也 裁判官足立謙三 裁判官大藪和男)

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